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「投資」という言葉で、自分を縛り付けていたのかもしれない。
日々、画面の中の数字と向き合い、自ら課した『鉄の掟』をなぞる。冷静に、機械的に、一喜一憂せずに——。 それが私の目指した理想の姿だった。
だが、現実はどうだ。 一レースに絞れない苛立ち、負けを取り戻そうと熱くなる右指、そして何度も誓ったはずの『引退』という言葉を、また的中という甘い麻薬で上書きしようとしている自分がいる。
「こんなブログ、書かなければよかった」
そう後悔した夜もあった。だが、この格好悪くてブレブレな自分こそが、今の私の真実だ。 61歳、新しい車の購入を控え、人生の岐路に立ちながらも、いまだに土俵際で足掻いている一人の男の独白を、今日は書き残しておこうと思う。
「投資競馬」と格好良く名乗り、自分に課した「鉄の掟」。それを守れない自分、1日1レースに絞れない自分への苛立ち。
競馬を投資と捉えて日々自分に課した「鉄の掟」を実行してきたが、なかなかうまくいかず「鉄の掟」もブレブレの状態でこんな自分が嫌になってこんなブログを書かなければよかったと後悔をしていたところである。
「冷静な投資家になろうとした。でも、現実は負けを取り戻そうと必死になる一人のギャンブラーだった。」
実のところ競馬でこづかいをっと思って取り組んできたが、車を買う話が湧いてきて競馬に使っていた種銭もローンにあてないといけないかなと思い、投資競馬もうまくいってないので「引退」を決意したのですが、やっぱりやめられずズルズルやっている状態である。
「鉄の掟」は基本線では守るべきものだと思ってる。ただ、1日一勝負とかやっぱり無理だし的中を追い求めちゃうよね。1レース数百円で日々楽しめればと思っても結局負けを取り戻そうと思って行動しちゃうし、自分の決心なんてこんなもんだと自己嫌悪になっちゃうし、困ったもんだと自分で呆れちゃってます。
「『引退』。その二文字を頭金にして、新しい車のハンドルを握るはずだった。なのに、指先はまだネット投票の画面を叩いている。」
「正解を確かめたい」という自分が見つけた真理。お金以上に「自分の読み」が正しかったのかを知りたいという渇望。
結局、最近思うのは競馬が好きでかけた結果が正解か確かめたいのかなっと思ってる。1レース100円でもかけていれば十分楽しいかもしれないけど、負けが積み重なるとさすがに火がついて負けを取り戻そうとしちゃう。
最近で変わったことは、勝った日の次の日は勝った金額以上に負けるというのが続いてたんだけど、何が変わったのか連勝するときが時々発生してる。
「鉄の掟は崩れた。お決まり通りにはいかない。でも、その『うまくいかなさ』こそが、私が競馬から学んでいる最大の人生訓なのかもしれない。」
その時の情況は、だいたい初めは負けていて取り返そうと大勝負をして負け以上に勝って引き揚げるという感じかな。でもこれって紙一重で大負けも待っているわけで、こんなことは何回も経験してることだけど自分の形を作りたくて「鉄の掟」とか作ってみたけどお決まりどうりにはなかなかうまくいかないことを学んでますよ。
結局のところ、私は「正解」が欲しいのだと思う。
予想が的中した瞬間の、自分の読みが証明されたあの感覚。それを一度知ってしまうと、どれだけ「鉄の掟」で自分を縛ろうとしても、欲望の火を完全に消し去ることは難しい。
車のローン、家族との生活、そして自分自身のプライド。 天秤にかけるべきものは分かっている。何度も同じ失敗を繰り返し、自己嫌悪に陥り、「ブログなんて書かなければよかった」と後悔することもある。
しかし、この「うまくいかなさ」を噛み締めながら、それでもまた明日の出走表を眺めてしまう。それもまた、私という人間の偽らざる姿なのだろう。
今の私に言えるのは、完璧な投資家にはなれなかったということ。 そして、紙一重の連勝に浮かれず、この危うさを抱えたまま、一歩ずつ「コツコツとした生活」と「自分なりの競馬」の折り合いをつけていくしかない、ということだ。
形や計算どうりにいかないから面白いのかもしれない。探究心なのか堂々巡りなのか。とにかくここから抜け出したい一心だったのかもしれないが、見つからない答え探しはしばらく続きそうである。
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